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 Destiny  乳がん、私が選んだ治療法のこと

2012年11月乳がんが見つかりました。納得してないのに医師に言われるままに治療を受けていいのか?悩みました。あまり時間はありませんでしたが、調べて探して、標準治療を外れ、自分の納得できる治療を選択した私。過去を振り返りながら、治療で迷っておられる方に、選択肢のひとつになるよう、書き留めてみました。私がお世話になったのはUMSオンコロジークリニック(旧UASオンコロジーセンター)です。

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乳がんになっての周囲の反応 

 

乳がんであることを周囲の人へ告げた時、治療を選択するまでの経過の中で、同病の知人も含め、友人の多くは見守り応援してくれるという姿勢でしたが、3人は少し違っていました。

どう表現したらいいか

積極的に自分の思いを伝えてくれた人かな?

まずは同僚のひとり
ネットでの乳がんの情報を色々と提供してくれました、女性です。

ふたりめ
以前ブログに書いた男友達
抗がん剤、絶対反対派
ベンズアルデヒドで治してみたら?アーモンドたべよ 

3人め
がんで友人を亡くした経験があり、なまぬるいのはダメ!って派
とにかくごっそり切ってがっつり治療すべき(本人の談)、って男性。
私がこの人の奥さんだったら・・・じゃなくて良かった(笑)

色んな反応がありましたが、どの人にも感謝しています。
みんな私のことを考えて言ってくれているって感じることができました。

子供たちは心の中では心配してたようですが、私は弱音を吐かずに(だけど、迷いの中で大きなため息は吐いていました)元気で治療法を探していたので、息子などは
『母さん見てたら、がんは恐い病気じゃないように思えてきた』とまで言ってくれました。

私はあえて医療関係者である親戚や友人には事後報告としました。
専門職であるがゆえ、マイノリティな方法を進められることはまずないだろうと思ったからです。

思えば私は少し変わってるのかもしれません。
今回の決断において、兄ふたりいる中で一番男らしいって兄嫁から褒められました(?)(笑)

写真 (4)
オンコロジー斜め向かいにあるザビエル像です。

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勇気をもらった鹿児島の風景 

 

2013.2月

写真 (5)
入院先から徒歩3分くらいのところにドルフィンポートがあり公園があります。
そして目の前に桜島が見えます。
雄大で包み込まれるようなこの景色が大好きで、何度も足を運びました。


写真 (7)
写真 (6)
治療が始まってすぐ、通院途中にある照国神社へお詣りにいきました。

節分のときには豆まきがあり、治療は午前中に終わっていましたが、どうしても行ってみたくて。
私は収穫はなかったですけど、周りの人はたくさん拾っていたような・・・

司会者が『おには~そと!ふくは~うち! みなさまもご唱和くださ~い!!』
何度も何度も繰り返します。

と言ってるにもかかわらず、皆様拾うのに忙しくて、それどころじゃありません。
そのことがおかしくって、親友に電話で告げ口して爆笑してました。
けっして、収穫ゼロの恨みじゃありません(笑)


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腫瘍マーカー 

 

2013.2月1日

提携病院で院長との診察・・・のはずでしたが、あいにくとお出掛けで、代理の先生と軽い問診がありました。

そして血液検査。
私はこの時初めて腫瘍マーカーをしました。
というか、これまでも何度もB病院で血液検査はしたものの、その結果を知らされることがなかったので、してたけど知らないだけかもしれません。

次の診察時、植松先生にその結果表をお渡しすると
『数字に出ないタイプみたいだね』と

2つの検査項目がありましたが基準値よりもずっと低いのでした。
初期の初期 あるいは 数字に出ないタイプ とのことでした。

腫瘍マーカーってあてにならないの?

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法事の席でアツく語る 

 

昨日は母の3回忌で身近な親戚が集まってくれました。

会食しながら、今年医大を卒業する甥に私が受けた治療と、植松先生のこと、放射線科医になってくれ!とそれはアツく語ったのです。

放射線科医はあまり人気がなく、その魅力を書いた冊子を渡されたこともあるようで、何科を選択するかはこれからのようですが、植松先生の話を詳しく聞きたがり、放射線科で治療する という事においての新しい発見があったようでした。
というか、陽子線、重粒子線とかもよく知らない様子。
こんなことって・・・あるんですか。


甥の姉たちから皮膚科は?なんて声もあがっておりましたが、金儲け主義は好きじゃない(皮膚科がどうかは知りませんが)と言う甥に、畳み掛けるように、『じゃぁ、放射線がいいじゃん!』(放射線科がどうかも知る由はありませんが)

やさしさは人一倍の子ですが、どの位医師としての能力があるのかもわかりませんが、多くの医者が植松先生の治療法を学んで、もっと多くの人達が関心をよせ、私たち患者がいつまでも安心していられないと困る(^^;

心臓外科を専門に今は開業医した親戚も出席してくれていました。
私の選択した治療を『良かった 良かった』と言ってくれました。
たいへん酔っ払っていたので、それ以上は聞きませんでしたけどね(笑)
私も『良かったよ!』って返事しました。

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提携病院へ 

 

2013,2月1日

今日から提携病院へ入院して、オンコロジーへ治療に通います。
荷物が多かったので、荷物を預けていた、オンコロジー近くのビジネスホテルから提携病院へはタクシーで。

今回タクシーを使ったのは、初日と、提携病院までの2回のみで、ほとんど徒歩です。少し遠いところは電車、バス。便が多くとても便利でした。

治療に通うのは入院先から10分くらいで、もちろん徒歩です。
電車で3駅くらいの所は平気で歩きました。
とにかく平地で、歩きやすく、雨が降ったらアーケードを利用すればへっちゃらなんで、

鹿児島では本当によく歩きました。
歩くことでお店も発掘できるし、健康でいられました、これまでよりも(笑)

入院する病院へ着き、昼食は近くのドルフィンポートで食べました。
奄美大島のおみせで、鶏飯を生まれて初めていただきました。
う~~~ん、ちょっとおどろき
写真 (2)

入院先の病院は個室をお願いしました。
オンコロジーから一日、7000~1万の差額料がかかると聞いていましたが、それは新しく増築されたほうで、古いのは3000円からありました。
でも3000円ではトイレ、風呂はついていません。

3500円からはトイレ風呂付!
4000円はさらに日当たり良し!

その次がたしか新病棟の7000円です。

私は4000円の部屋にしました。
建物は古いですが、私にとっては十分でした。

ただネットの状態がイマイチでした。
3Gです。

今回、自由診療での治療が選択できたのも、個室での入院ができたのも、保険をかけていたお陰です。
ありがとう!保険!入っててよかった。

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治療開始 鹿児島へ出発! 

 

2013.1月31日

セカンドオピニオンで、すぐにでも治療を始められるとのことでした。
ただ、植松先生が鹿児島におられる曜日に合わせて始まります。
31日に決まりました。

PETのデータは新しいものを持っていってたので、今回はCTだけ、撮りました。
その結果をもとに植松先生が治療のオーダーメードをしてくださるのですね。

オンコロジーセンターの受付は4階ですが、いよいよ治療する1階に別のエレベーターで下ります。

そこもロココ調の椅子が置かれ、綺麗な絨毯が敷き詰めてあり、土足ですから、汚れた靴で行くと申し訳ないような気持ちになりました。雨の降った日など・・・(笑)

オンコロジーセンターは静かにクラシックが流れています。

治療室の待合室まで、病院らしくないラグジュアリーな雰囲気でした。

それと医師も検査技師も白衣は着ておられません。
でもみなさん、ネクタイしめて、上着なしのスーツ姿、植松先生においては時にはセータースタイルで、でもきちっと清潔感あふれるセンスに溢れていましたよ。
だから病院で感じる威圧感というものがないのです。




翌日は近くのクリニックで大腸ポリープをとってもらいに行きました。
今年に入って、なんと3回目の下剤、いっこうに慣れません。
あの下剤のポカリをどうにかしたような液体を1㍑以上飲むことがどんなに苦痛か・・・

そこは植松先生に紹介してもらって予約をとっていたのですが、検査をする人が8人くらいいて、テレビとコタツの部屋があり、そこへ下剤のボトルをそれぞれ置いて、そうそう甘露飴がおいてあり、気分転換になめました。

下剤ですっかり出し切ったように思っても、順番待ちがあるので、本を読んで待ちました。

検査はウトウトする間に終わったのですごく楽でした。

一応病理検査にだすので、数日後結果待ちです。
結果はがんではなかったので、一安心でした。
櫻井看護師さんからは、大腸内視鏡のあとだから、疲れていたら翌日でもいいよって言われていましたが、大丈夫だったので、今日も放射線照射を受けました。

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治療への身支度 

 

一ヶ月近くの滞在だから、すごい荷物になりました。
入院すると保険がおりるとわかったので、提携の病院へ入院することになりました。

治療は一日のうちの30分くらいと聞いていたので、それ以外は時間があるからなぁ・・・と

・着替え
・洗面用具
・タオル
・洗剤

・出来れば個室希望だったので、湯沸しポット(笑)コーヒーやらほっとレモンとか各種お茶でものもうと
・ノートパソコン(結局ネットにつなげないお部屋で、iphoneのテザリングとかやってみたけど無理がありましたので、失敗。 後で聞くと、お部屋によっては使えたみたいですね。)
もっぱら、まかされているHPを少しいじったり、音楽聞くのみ・・・レンタルビデオのお店が近くにありませんでした。ツタヤのディスカスも短期間だし諦めました)
・読みたい本

・果物用ナイフとか
・爪きり なんかも(笑)
・入院先ではくスリッパ

でもでも、鹿児島でも全部揃えられますよ。
困ることはありません、ただ無駄な買い物は避けたかっただけの話ですけどね。

海外旅行へ行くくらい大きなスーツケースになりました。

鹿児島に着いてすぐはビジネスホテルに1泊しました。
なのであらかじめ、そのホテルに荷物を送って預かってもらいました。

そのビジネスホテルはオンコロジーセンターからの紹介で一般で泊まるよりも安かったみたいです。

初日の夕食はここで
写真
オンコロジー近くのイタリアン
こういう内装に惹かれます。

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オンコロジーセンターのセカンドオピニオン 

 

1月24日、セカンドオピニオンを鹿児島のUASオンコロジーセンターでうける。

セカンドオピニオンを受けるためにB病院でこれまでのデータをもらう必要があります。
B病院へ行っては先生から説得されていた私には本当に勇気がいる作業だった。
標準治療しない人はまるで愚か者と思ってしまうような勢いがあるのです。

なので私は先生のところへメールしました、それまでもメールでのやりとりもありましたので。
『どうしてもセカンドオピニオンが受けたいのでお願いします、と。鹿児島のUASオンコロジーセンターという病院です』
先生からは
『了解しました。』とお返事があり、後日とりにうかがいました。
一週間の猶予の間にA病院の感触もわかったし、本当にバタバタと変化が起きた一週間でした。

オンコロジーで治療すると決めたとき、B病院へは植松先生から、紹介状のお返事として連絡を入れてくださいましたので、その後困ったことはありませんでした。




鹿児島へは新幹線で。
旅行で以前に訪れたときは車だったが新幹線で、あっと言う間に到着。

それからは、さるのこしかけびわのたね のRipさんが書かれている情報を元に、タクシーで向かった。早めに到着しようと思ったのだ。

受付、待合室はとても広い空間のなかにゆったりと椅子が並んでいた。
豪華なホテルのロビーのようです。

持ってきた紹介状や、私のデーターを受付で渡し、12時まであと25分あったので、腹ごしらえして気持ちに余裕を持って臨もうとした(笑)

歩いてすぐの場所に可愛いダイニングカフェがあったので、速攻入り、すぐ注文して、慌てて食べたのです。
(あ~~ぁ、あと10分あればな・・・)
予約時間に遅れないようにと、滑り込みぎりぎりセーフ!

それから待つこと10分くらいかな?
ほとんど待ったという感じはなかったけど、持ち時間30分、料金2万5千円を無駄にしないよう、携帯に入れた質問事項のページを開き、ICレコーダーの録音スイッチONにして医師のまつ診察室へ。
ここのとこ、医師との会話は録音するようにしていた。
だって一度聞いても理解できないこともあり、なにより忘れる
そのもどかしさを解消するためだ。

植松医師は私のデーターをパソコンで診断されていた。
『初期だし、お望みであれば、放射線で十分治療できますよ』
『あなたの場合、9割は再発転移はないと考えてよいものです』

え?そうなんですか?
この一言は、これまで一度も聞いたことがなかった。

先生の自信に溢れた、シンプルな発言に『(ここでの)治療、お願いします!』と言っていた。

いつも危険性ばかり強調されていた、恐ればかり抱かせるような切り口だった。
『大丈夫ですよ』なんて一度も言われたこともなかった。
抗がん剤をしなけりゃ大変なことになっても仕方ない、そればかり言われていたように思える。

なんだかきつねにつままれたような気分で歩いた。
悪いほうばかりに目を向けていた私は、ある意味洗脳されていたのかもしれない。

急に青空が広がったように感じたのは、新幹線に乗って帰るときだ。
繰り返し、録音した植松先生の話を聞いた。

帰りの新幹線で親友にメールした
『お任せできるって、信頼できるって初めて思えたよ。嬉しい』
私はその時病気になって初めて泣いていた。
電話の向こうで親友も泣いてくれていた。

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抗がん剤までの執行猶予 

 

2回目のB病院による大腸ポリープの検査をし(その時もポリープは取られません、そこの病院は、あくまでも入院してとるのです)
その治療が終わってからの抗がん剤開始だから外科病棟が混んでいるので一ヶ月先ということになりました。

そんなに待たされていいんだという少しの不安もありましたが、
私には一ヶ月の猶予期間が与えられた!間に合うかもしれない!
もっと調べられる!という嬉しさが沸き起こりました。

ところが、検査をした後で乳腺外科に呼ばれました。
一週間後に病室が空くから、入院してポリープを取った日から、抗がん剤をスタートしましょう!

え?

一ヶ月あると思ってたのが1週間先になったのです。

そこからがもう気持ちはダッシュです。
ここでレールに乗ったらもう取り返しがつかない
やるなら今しかないよ、私!!

って心境でした。


最初に診断を受けたA病院へ行き、そこの先生の意見を聞きました。
僕だったら、この大きさのガンだと術前抗がん剤はしないですけど、手術は温存法です。
術後、抗がん剤をしたくないといったらどうしますか?と聞くと
本人がしないと言うなら仕方ない、それを尊重しますけどね。
と言われました。

オンコロジーセンターの事も聞きましたが
放射線で治るというのは聞いたことがないな と言われました。

私はこのA病院の医師たちの姿勢は好きなんです。
患者を平等な立場(人間対人間)で考えておられるという感じで、スマートです。

よし決めた!
ここでの意見が聞けたから、UASオンコロジーでの治療が不可能であれば、術後の傷跡が多少問題でも、A病院で治療を頼もう。

実はその時にはオンコロジーセンターのセカンドオピニオンの日にちを決めていたのです。
もちろん、植松先生の著書は全部取り寄せていました。
そして、慶応医大の近藤誠先生の著書も同時に取り寄せていました。

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治療計画 その② 

 

これからの治療計画をやっと聞けました。
先ず抗がん剤 効き目を確かめて

手術(内視鏡による)

残りの抗がん剤+ハーセプチン

放射線照射

ホルモン療法3年

長くかかるんだなぁ。。。って感想でした。
その間仕事が出来るんだろうか?
お休みを時々入れながら、でも急に体調が悪いっていうのが続いたら迷惑かけるな

だけど、再発、転移を防ぐための、エビデンスに基づいた標準治療ですから。

私はもう腹をくくるしかないと思った。
どうせならカツラ生活を楽しもう、帽子も好きだし、抗がん剤の副作用に耐えなければ
病院へ行くたびにそんな思いで帰り。

帰るとまた、違う治療はないのか
と心が行ったり来たりしていた。


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治療計画 その① 抗がん剤の有効率 

 

2013.1月

それから数日して『ちゃんとした結果』を聞くために(なんだかおかしな表現ですけど)

診察室に入ると
『おひとりですか?』と聞かれる。

先生としては普通、夫とか家族、友人と一緒に『ちゃんとした結果を、複数で聞き、納得するために診察を受けにくるだろう』と思われていたようだ、私は夫はいないし、泣き崩れることもないし、ひとりで聞けば十分、いつもと同じように私はひとりで医師の前に座る。


そして治療室に入るときはICレコーダーをセットしてカバンに入れて、スイッチオン!
だって一期一句聞き逃さないようにしないと、分からないモヤモヤで家に着いて悩んだり、なにより忘れてしまう(笑)

まず、病理結果が途中が抜けていることを伝えると
『おかしいな』と言われ、改めて結果表をプリントアウトしてくださった。

前回抜けていたのは リンパ節の転移0 血液侵略0 グレード2という箇所だった。
先生が、その日強調されたのはホルモン(+)HER2(+)進行速度、Ki-67が82%ということだった。

大きさは1.4センチだけど、抗がん剤をして小さくする、小さくなるということは、抗がん剤が効いたと判断でき、見えない全身の微細な転移もたたくことが出来たと判断できる。
術前に抗がん剤を使用するのは、その薬が私のがん細胞に効果があるという確認ができる、そうだ。

どうしても抗がん剤が必要。
自分の親戚にももちろん勧めてきたそうだ。
信用のおけるエビデンスに基づき作られたガイドラインで決められている。
みんなその流れに従っている。

私にはその選択しかないということを言われた。

他の選択肢については
免疫療法などは、標準治療と平行されるのならいいけど
単独でやるのは危険、結局患者さんは戻ってきていますよ。

あなたはまだ若い。
70代の方だって、急いで抗がん剤しようと、やる気に?なっておられます。
抗がん剤で弱る?
患者サロンに行ってみてください。
みんな元気で集まってきていますよ。

オンコロジーの治療についても質問した。
3次元か4次元か知らないけど、そんな放射線治療なんて聞いたこともない!と言われました。

治験も提案されましたが、それは唯一するかどうかを選択できることでした。
治験をすると抗がん剤の種類が増えるのです。

『抗がん剤で、それで治るんですよね?』
先生は少し間をおいて答えられました。
『6発に1発の可能性が8発に1発に・・・9発に1発だったら すごいでしょ。』
再発、転移の危険率ですね

すごいでしょ?と言われたけど
私は、たったそれだけの効果しかないんだ って思いました。
15%から、劇的に効いて11%くらいに減少するだけか・・・

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ちゃんとした説明を聞きたい 

 

2013.1月

B病院からプリントアウトされた私の病理結果

家に帰って、結果の説明という冊子と照らし合わせてみるが
結果が足りない・・・グレードっていくつ?リンパの転移ってあるのかないのか・・・

最初の項目が数行飛んでいた。
そこにはリンパ、血液侵襲の数値。 そしてグレードが書いてあるはずの箇所だった。

不信感が募る。

『ちゃんとした病理結果を私は知らされていない』
『私はこれから抗がん剤と手術?それだけ?』
治療計画も分からないことで、不安が増すいっぽう。

『先生、私ちゃんと説明を受けていないと思います。』
勇気を出して、B病院へ電話し、先生から後日詳しく説明すると言われる。

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心に沁みた文章 

 



人は自分以外の人の心、思いを理解しようとする時、
必ず、自分の人生で起きたこと、体験したこと、感じたこと、
そういった心の過去の経験を尺度にして、
・・相手の悲しみや怒り、喜びなどを感じ取ります。

自分にわかる思いや感じ方に照らし合わせて、
・・相手の心を理解しようとしているのです。

これを、逆に考えれば・・・・

喜びも、悲しみも、怒りも・・・・・
そういった経験のない人には、
心から理解できない、感じることのできない
・・人の思いや感じ方が存在すると言えるのです。

多くの悲しみを背負ってきた人は・・・・・
多くの人の気持ちや心を感じ、受け止めることができるのです。

そして、あなたは「悲しみ」を知っています。

悲しみを体験として、消化するのには時間がかかるけど・・

でも、・・・「悲しみ」は、単なる「悲しい出来事」ではなく、
・・自分や周りの人間を活かす、とても大きいエネルギーで
あなたという人間を昨日とは違う自分に昇華してくれる
貴重なメッセージかも知れないのです・・・

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抗がん剤はするな!友人の助言 

 

2013.1月

抗がん剤はしないで。

音楽仲間が私に言いました。
抗がん剤はやめとき!薬があるから、それで治るから、と。
抗がん剤を始めるまでに届けたいという思いで、私の職場へ本と生アーモンドを持ってきてくれました。

その本は『ガンは治る治せる』と『がんの特効薬は発見済み』
の2冊でした。
後者の本には、ベンズアルデヒドという薬のことが書いてありました。
そして生アーモンドにそれが微量ではあるが含まれているらしい。
京都にある病院で予約の患者さんでいっぱいとのこと、東京にも同じ薬を出される病院があるのもわかった。

だけど、その薬で治りました!という声が見つからない。
もしかすると、末期になり、手段がなくそこへ向かわれる方が多いのかもしれないな?と想像しました。
丸山ワクチン
高額な免疫療法。

確かな証明された治療効果というものは、やはり3大標準治療しかないのか・・・

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乳がんの治療法って 

 

2013.1月

かけていた保険がおりるとわかり、がん治療として『重粒子線治療って言うのがあるらしい』
と聞く。

さっそく調べてみると、乳がんの適応は難しいようだった。
すごく小さいのなら可能とあったが、それでのエビデンスなどの記載はなかった。
陽子線治療は乳がんでやっている所は見つけられなかった。

同僚がある日私に教えてくれた
『樹木希林さんが乳がんで、九州のほうで治療したみたいよ』

家に帰って調べる、すぐに検索出来ました。
UASオンコロジーセンター
放射線による4次元ピンポイント照射。


私が最初にここを知ったのはその時が初めて。
仕事をしていてワイドショー等見る機会もなく、週刊誌なども美容院でみるくらいで、考えてみると、乳がんという言葉だけ知っていても、それに対しての治療法など関心をもったこともなかった。

そんなもんですよね・・・
知り合いに乳がんの方がおられましたが、久しぶりにお会いしたとき、標準治療をされていて、以前のような覇気がなかったので、やっぱりがんになるとみんなしんどそうだな・・・
早く回復されることを願うしかありませんでした。

だけど、いざ自分にふりかかってくると、自分でどうにかしなくちゃいけないわけで

毎晩、仕事から帰ると、時には有給を使って調べていました。

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手術の延期 

 

2013.1月

抗がん剤、それに加えてHER2陽性だから、ハーセプチン(分子標的薬)をするから、心臓に負担がかかる可能性もあるので、検査しましょう。

私は自分の病理検査の結果を詳しく聞くまもなく、先生は、ホルモン○ ハーセプチン とプリントアウトされた結果表にささっと書いて、検査を促される。

抗がん剤に対して抵抗のある私は『それ以外の選択はないのですか?』と聞く。
『微小がん細胞をたたかなくては』
そのように言われた。

心臓のエコーをとりながら、技師さんにも聞く。
『抗がん剤で死ぬことなんてありませんよ!』と断言される。
『みなさんされている治療ですから。』
少し涙ぐんでしまった。これはわかってもらえない悔しさからです。
冷静に考えたら無理もない話なんです。
その方たちはそれを信じて治療されているわけですからね・・・

だけど、外科医はどうなんだろう、自分ががんと分かったら同じような治療を選択するのだろうか?


『心臓は問題なし!良かったですね!!これで治療は問題なく出来ますよ』と言われる。
ぜんぜん喜ぶ気持ちにはなれなかった。

B病院は患者さんでいつも混んでいる。

私はちゃんとした結果もこれからのことも知らずに敷かれたレールにいつのまにか乗っかったような不安感でいっぱいだった。

終わって帰ろうとしたら『あ!血液検査して帰ってくださいね』

検査ばかりで、結果はろくに知らされず、こんなのでみんな治療を始めているのだろうか・・・
いつも私は一人で診察に行くからなのか?
誰かと一緒だったら、もっと詳しく説明してくれるのだろうか?

悶々とした気持ちを抱えて帰る。

家に着いたら、ネットで病気のことを探しまくる。

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抗がん剤に対しての抵抗 

 

2013.1月

医師から、手術の前に抗がん剤をしますと言われ、
抗がん剤は避けたい、今こんなに元気なのに、抗がん剤をやった途端に弱る、確かに病気は見つかったけど、今は病人じゃない。
少なくとも元気に動き回れるし
趣味の音楽だって、深夜まで仲間と集まって練習したり、ライブも続けてきた。週3日そんな日もあった。
翌日は仕事であっても遅刻しないで、やってきたし
(まぁ、要するに無理はしていたんですけどね、体は悲鳴をあげていましたんですね、きっと)

抗がん剤へのはっきりした知識なんて持ち合わせてはいなかったが、それによって、弱り果てる姿は見聞きしてきた。

抗がん剤により、それはたとえ苦痛であっても病気を治すための試練と思い、頑張っておられるんだろうなぁ・・・
と思いつつも
『抗がん剤で殺される』という見出しは頭の隅にずっと残っていた。


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私が治療をした病院(UASオンコロジーセンター)はすごい!ステージがちがう! 

 

これまでは、過去をたどって書いていたが、現在の気持ちも書かないとストレスが溜まるので(笑)

タイトルは大袈裟ではなく、
同じ病院(UASオンコロジーセンター)で治療されたRIPさんは、オンコロジーで治療された経緯を詳しくブログで発信されていたのをネットで見つけ、私が治療を受ける前からメールをさせてもらい、随分助けていただいている方なのです。
彼女は治療を終了されて、1年以上経過されているので、年齢は下ですが治療は先輩です。

RIPさんのブログにこの度行われた、オンコロジーセンターの(過去に治療を受けられた方たちとスタッフによる)同窓会での様子を詳しく書かれているのを読み、タイトルにあげた『ハード面、ソフト面共に、他とステージが違う(高いってことですよ、もちろん)』と思ったのです。

これまでも、植松先生、放射線技師さん、看護師さん、事務のスタッフさん、本当に親切に対応してもらい、大満足で治療を終えた私でしたが、オンコロジーの同窓会の様子を読み、なんと素晴らしい人達なんだろうと感激したのです。

ますます、UASオンコロジーにたどり着けたことがどれだけ幸運だったかと・・・感じた次第です。
だけど、運が良いからたまたま見つけた治療になって欲しくありません。

癌とわかって、どうしよう・・・
●セカンドオピニオンは?
●どこでも同じ治療を言われる。これが標準治療といわれるものです。
●ガイドラインに添って、エビデンスのある確かで間違いないと医師が声を揃える。
(エビデンス【evidence】とは。1 証拠。証言。2 医学で、臨床結果などの科学的根拠。その治療法がよいとされる証拠。)
●そんな専門職の医師に、異議を唱えるだけの知識を持ってない
●その治療しかないのかな。
●そもそもひとつの病院で選択肢さえ提示されない。
●迷う自分が間違っているのだろうか・・・

(以上は、あくまで私が経験した思いですが。)

そんな人が選択肢として考えられる治療に
それも、偶然にそこへ行き当たるのではなく
当然のように選択肢のひとつとして与えられるものになって欲しい。


そんな思いで、日記とか苦手~な私だけど、書いてみます。

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私の病理結果 今後の治療方針 

 

2013.1月

最初にB病院へ受診した時、患者に対し『検査結果の解説と治療法の決定について』という冊子をいただいていた。

そこには、乳がん患者のためのガイドラインという本の紹介があり、それに沿った治療方法、病理結果の解説、抗がん剤の種類など実に丁寧に書かれたものだった。
患者が疑いなく、それに沿った治療を受けるのが間違いではないと思えるものだ。

私は勧められて、ガイドラインを病院の売店で購入していた。

今日は、生検の結果がでたということなので受診をする。
職場には、最初から事情を話していたので、とてもスムーズに通院でき、理解していただき感謝でいっぱいでした。

診察室に入ると、先生は画面を見ながら『もう手術日は決まりましたよ』と言われた。
検査結果は聞いてないけど・・・?
だけど早めに手術ししてもらったほうがいいか くらいに思っていた。

初日にもらった病院側が作られた、その冊子には抗がん剤、放射線治療、HER2、ホルモンレセプターとか、病理結果によって治療内容や使用する薬な名前、副作用などが書いてあった。
だけど、肝心な私の病理検査結果は説明もないどころか、見せられることもなかった。

それでも私の都合と病院の込み具合など、10分くらいの間すり合わせて、手術日は決まった。


とりあえず、手術でしかも内視鏡で、ダメージも少なく、とってしまったら終わる、
だけど一応確認しとかなきゃ。
『先生、ということは私の検査結果では他の治療は必要ないってことですよね?』

医師は『ちょっと待ってよ』
とパソコンの結果を見る。

『あぁ、先に抗がん剤しよう、それから手術をしましょう』

『え?今初めて結果を見られたのですか?』

信じられない気持ちでいっぱいになりました。

抗がん剤はやりたくないんですけど・・・

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紹介状を持ちB病院へ 

 

2012.12月
B病院へは予約していったものの、3時間近く待たされた。

それで、生検と血液検査をする。
思い起こせば、B病院へ行く度に血液検査をしたが、その結果を知らされたことは一度もなかった。

それとPET検査とCT検査を他院でするように言われ予約を入れてもらう。

二つの検査は後日同時に行った。
結果、大腸にキラリと光るものが見つかった。

結果を知り、大腸の内視鏡検査を再び他院でして下さいと言われる。

なにせB病院は混雑しており、検査の予約待ちですぐに出来ないらしい。

お正月をはさんだので、正月明けに近くのクリニックを予約して大腸検査を行う。
結果、S状結腸にポリープが見つかる。

ポリープだったら普通検査のときに採取するって聞くのに、なぜかとってくれなかった。
おそらくB病院へ結果を戻し、そちらでの判断待ちになるのでは?

そのため、再びB病院で大腸内視鏡検査をすることになった。
前日からの下剤使用、検査当日の下剤、日にちを空けずに2度も。。。

下剤をかけることは本当につらい、
ただ不思議なことに2,3日すると身体が軽く感じる。デトックスってことだなぁ・・・と友達と笑って、慰めてみる。

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病院選び 

 

2012.12月

乳がんを見つけてくれた病院は、乳腺外科はなく、外科の医師だった。
外科の中に乳腺に得意な医師がいるといった感じ。

ネットで探し始めた。
県内、県外、有名な病院。
全摘、温存、内視鏡によるもの、免疫療法。

最近話題になってるナグモ医師の病院も、たまたま行き当たった。
乳がん患者の団体を仕切っている方ともお電話でお話することもできた。

そんな中で、私は内視鏡は身体のダメージが少ないのではないかと思い(今考えると、安易やね)
そこへセカンドオピニオンを受けたいと発見してくれた医師に告げる。
その医師は『セカンドオピニオンというだけで、料金が発生します。紹介する形にしましょう』
とデータを用意して下さった。

なんと良いひとなんだろう!信頼できる!
この医師にはオンコロジーへ行く前にも相談に行きました。

そして、紹介状を持ち、地元では大病院と言われるB病院へ向かったのです。

発見してくれた病院を、今後便宜上A病院とします。

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検査結果 がん告知 

 

2012.11月

細胞診の結果を聞きに行く。

乳癌にまちがいありません。

とのこと。

だけど、この位の大きさだから・・・
大丈夫ですよ(と言われた気がする)

長く生きてきたら、こういうこともあるわなぁ・・・と思ってた。

だけど、仕事を終えて結果を聞きに行くとき、駐車場にとめて病院へ向かうときが、一番ドキドキしたな。

保険・・・私のかけている保険はどうだったか?
がん保険・・・入院・・・女性特約・・・治療するのに、休職して、ちゃんとやっていけるか、それが一番心配でした。

何年か前、虫の知らせか?ちゃんと条件を増やして、更新していたのです。
私にしては、本当に驚きの行為でしたね。

16年生きた、愛犬が癌にかかり寝たきりになってたのですが、私ががん告知を受けた後、息を引き取りました。
私が入院したら、この子どうしようって思っていましたが、私のことを考えてくれたのか、私の分まで背負ってくれたのか
ワン君、今までありがとう!
私たちをずっと支えてくれたワン君
ありがとう!

そして2日後、私の誕生日でした。
子供たちが、夕飯に招待してくれました。

母さんは弱音は吐かないよ!
気持ちは元気でいよう!
子供たちに心配させないようにと心に決めました。


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5年ぶりの人間ドッグで 乳がんが見つかる。 

 

2012年11月
久しぶりに人間ドッグに行きました。。
5年前、人間ドッグの翌日、朝目覚めたら片方の耳が突発性難聴になり、それ以来避けていたからです。

突発性難聴は原因不明とは知っていますが、その前日、人間ドッグとインフルエンザの予防注射をしていたので、人間ドッグもインフルエンザの予防注射も不安を感じ、あれからやっていませんでした。

インフルエンザワクチンが『わるさ』した可能性もあるかもしれないな、とは言われましたが。
胃カメラ検査で少しウトウトするような注射をされたのが、ちゃんと血管に入っておらず、全部液が身体に漏れていたのも事実でした。

だけど、今年は人間ドッグやってみようかな?
と4月の段階で職場から問われた時に思ったのです。

今となっては、虫の知らせだったようにも思えます。


誕生月の人間ドッグを全て終わり、総合評価を聞くため院長先生の診察を受ける。

先生はエコーで確認をとりながら、私にそれを見せ、
『これは、おそらく乳がんだと思います、形からみて、間違いないと思われます、これから細胞をとり検査しますね』

マンモでの結果もみせていただくが、全体に白っぽく、私にはよくわからない。
でもエコーでははっきりわかった。

先生は何度も診てもらったことがあるが、いつも丁寧で真摯で
私も真っ直ぐに受け入れられる雰囲気がおありだ。
『そうですか』
私は冷静に返事した。

今となって思い返すと、乳がんはとってしまうと簡単に治るもんだと思い込んでいた。無知でした。
私の子どもはとても難しい病気を抱えており、子供に対する思い、私が何も出来ないという、どうしようもない辛さや不安さに比べると、自分の病気は随分と気が楽だって、そう思ったし、今でも同じ思いです。

その日は待ち時間があるから文庫本も用意していて、ほとんど読み終えていた。
それは、奥さんが病気で亡くなるが、静かで暖かい愛を感じる物語で、私の気持ちもほっこりとしていて、とても静かだった。

あの本に感謝するくらいだ。
 ↓これがそう
写真 (1)



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はじめに 

 

2012年11月乳がんが見つかりました。
2013年2月より、私はUASオンコロジーセンターにて放射線4次元ピンポイント照射治療をうけました。



治療を受けたUASオンコロジーのHPです。


UASオンコロジーセンターで治療を受けた経験者Ripさんが管理・制作されているHPです。New Ver.
大変丁寧に紹介してあり、私は随分助けられました。
私にとって、オンコロジーでの治療を現実的に捉えられる事が出来た、貴重で感謝いっぱいのHPです。


・・・はじめのご挨拶・・・


私は偶然に、運よく鹿児島のUASオンコロジーでの放射線による4次元ピンポイント照射を見つけ治療しました。
期間は2013年2月、約一ヶ月間でした。

私は外科的手術、抗がん剤はしておりません。
『明るいがん治療』というのは、UASオンコロジーの植松医師の著書のタイトルです。

私が治療し終わって一ヶ月あまりの間に、メディアに取り上げられ、注目をされて、オンコロジーセンターはとても忙しくなってきているようです。


偶然(たまたま?)?、運?、これは周囲の人達がそう言うからです
『よく見つけたね~よく辿りついたね。』
私もそうだったなって思います。
がんが見つかって、普通にするように、専門外来といわれる門もたたきました。
告知を受けてから、2ヶ月くらいで治療は始まりました。
あの2ヶ月は怒涛のように色々と考え行動した濃い時間でした。


運、偶然、そんな感じです。
何故なら、すこしタイミングがずれてたら、またその時どういう出会いがあったか、どこかの部分に困難を感じていたか、自分の感性もそうですし、日頃の考え方、それに反応する自分がいたかどうか、いろんな条件が揃ったからだと思うのです。

こんな自由、主義、主張叫ばれる世の中で、病気に対する治療法は、偶然や運、そんなのじゃなく、公平、平等に、当然のように皆に情報が与えられるべきだと強く思っています。
自分の身体は自分しか生きられません。
だからこそ、自分で選択して治療していくべきじゃないかなぁと思っています。
無治療を選択することも含めてそのように思っています。

自分で選択したものは自己責任ですから、責任転嫁もしません。
誰を恨むこともないのです。

私の拙い文章ですが、もし誰かのお役に立てたら嬉しい、そんな思いで書き始めました。
少しゆっくりしたくて、そしてやりたい事もあって、今、少しだけ休職をしていますが、治療が終わって一ヶ月半(2013,4月中旬 記)になります。
副作用でぐったりすることはなく、今はまったくの元通りの体調です。
放射線照射による副作用は個人差があるそうですが、自分に起こったものも書いていきます。

そして私は乳がんの治療でしたが、同じ病気であっても、そして当然ながら違う癌も、患者に合わせて治療計画をたてられるので、そのあたりはご承知おき下さい。


それに医療については全くの素人ですから、どうしても訂正すべき重大な箇所があればご指摘もうけます。
(なるべく専門的なことは著書を引用する以外は書かないようしときます・・・)

職場復帰までのあいだ、過去を辿って記録に残したいと思います。
だけど、結構手間取っております。

早く現在にたどり着きたい(笑)

ブログを最初から読んでみたいわ!という方がもしおられましたら
PCの場合ですと右側に『月別アーカイブ』がありますので古い順に開いていただくと
1ヶ月分1ページで、サクサクっと(?)読めますので、ご利用ください。


2013、4月15日 記 

明るいがん治療 そのタイトルが好きです!
明るいがん治療は、2013.4月現在 1.2.3とありますが、知り合いに請われて今は手持ちにありません。

category: はじめにお伝えしたいこと

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